「生きる」を根底から再考することができる本ー独立国家のつくりかた:坂口恭平

すごい本に出会って圧倒されている@takasugiuraです。

今回紹介するのはモバイルハウスで有名な坂口恭平さんの著書、
「独立国家のつくりかた」です。

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)
講談社 2012-05-18
売り上げランキング: 332

この本、タイトルは「独立国家のつくりかた」というかなりパンチの効いたものになっていますが、中身は坂口さん自身の脳内の思考回路を解説したものになっていると感じました。
どのように感じ、思考し、行動しているのか、という生き方を垣間みることができます。
ちょっと長いですが、気になったエッセンをいくつか抽出したいと思います。

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歩き方を変える、視点を変える、思考を変える。

視点が変わるだけで世界は変わる。
「変える」という行為は作り変えるという意味ではない。

これはユニクロの柳井さんも言っていたことです。
視点を変えることで見える景色が全然違ってきます。
同じ職場でも立場が変われば景色が変わるということ。

馬鹿になっている原因の根源にあるものは「不安」
お金がないと不安なのだ。それはお金が無いと何もできないから。

お金が無いと不安なのは、自身で何も生み出すことができないから。
自分じゃなにも生産することができないから、不安になる。
消費者→生産者になることで不安も消えるのかなと思います。

建築では空間を生み出すことができないが、思考ではそれが可能になる。

人間には見えない空間をを次々と生み出す能力がもともと備わっている。
レイヤーライフは新しい技術ではなく、太古の力。

何かを変えようという行動は、既に既存のレイヤーの中でしか思考していない証拠。
そうではなく、既存のモノの中の多層なレイヤーを認識し、拡げる。
チェンジじゃなくてエクスパンド。
それがレイヤー革命。

変えることはできなくても、拡げることはできるということ。
新たな土俵を作ることで、新たなルールが生まれる。
そこで戦えばいい、ということですね。
既存ルールと真っ向勝負することは無意味ということです。

なぜ人は試さないのか

自分でゼロから考えてやれば、どんなことだってできる。
しかも、実は社会システムですらもそれを許容してくれるように設計されている。
ただ、そこに生きている私たちが勘違いしているだけ。なにもできないと。

日常の薄皮をほんの一枚はいでみれば、もっとおもしろいことがいっぱいある。
絶望している状態でもそれは見つけられる。
「どん底に落ちたら、底を掘れ!」

人生は実験の繰り返しで成り立つということ。
試さないのは人生を生きていないのと同じということですね。

普通に考えよう。

常識というのは、文句を言わないようにするためのおまじない。
そのおまじないから解放されるには「考える」しかない。

高い解像度で見て、独自のレイヤーを発見し、そこで実践する。
助け合うという純粋な行為、損得を考えない生理的な行為の方が重要。

とにかく思い込みを捨てて「考えろ」ということ。
曇りなき眼で見て感じて考えて、そのプロセスが大事ですね。

必要とされること。

「必要とされること」それこそが生き延びるための技術。
必要な人が、体調を崩したら大変だ、だから日頃から大切にする。
それが人間関係というもの。
必要な人というのは、別に専門的なスキルがあるとかじゃなく、一緒にいたいと思う人のこと。

人間には言葉にできない、それぞれの才能がある。
それら高い解像度で認識し、共有し、助け合う。これが態度経済の基本的な考え方。

服を着た情報と、裸の情報

前者は他者に迎合した情報。見てくれはいいが、社会を変える力はない。
迎合した情報は視界を拡げるという行為は行えない。

裸の情報を自らの方法で解釈し、独自のレイヤーを作り、それを交易させる。
それは、新しい何かを作り出す行為ではなく、人々に考えることを促すことによって起こる。
その人が生きているということが他者に考えることを促す。

裸の情報というのは、服を着た情報の服を一枚ずつ剥いでいくことで見えてくる情報のこと。
情報との向き合い方、服の脱がせ方、脱がせっぷり、これらにあなたの態度が深く関わってくる。
そして、それは思考の度合いを如実に見せてくれる。
情報は裸にしても警察にはつかまらない。どんどん脱がせていこう。

情報の受け止め方、処理の仕方を考えさせられます。
研ぎすまされた洞察力が本質を見抜くということと同じ意味。

わかり合う必要などない

他者もともと全く違うレイヤーだから分かり合うことはできない。
でも、感じること、認識することはできる。

理解する必要はないんですね。
ただ、そこにあるということを認識さえできればOKという考え方。
無理に迎合する必要はないということ。

自分のやりたいことなんてどうでもいい

やりたいことを無視して、自分がやらないと誰がやる、
ということをやらなければいけない。
しかも、それは実はすべての人が持っている。
自分の得意なこと、やりたいこととかはどうでもいい、ただ考えている。
それを口に出す。
だからやりたいことじゃない。自己実現ではなく、社会実現に向かっていく。
まずそれを決める。

あなたのやりたいことなんて誰も必要とされてないと著者は言います。
この視点はかなり新しい。使命に生きるということ。

創造とは疑問を問いにすること。

大事なのは、何かに疑問を持ったかということだ。それがあれば生き延びられる。
「疑問」を「問い」にする。その過程を「創造」と呼んでいる。
「創造」とはこの世界のどこをおかしいと思えたか。

この世に対する問いが行動の原点になるんですね。
おかしいと思ったことをおかしいと言っていくことが大事なんですね。

エピローグより

本当の目的は人と人が直接会うことだ。
だから、歩け、とにかく歩け。
人と出会え。
納得いかないことに思考停止させるな。思考せよ。拡張せよ。
自身の思考レイヤーをさらに立体的に空間化させよ。
それが「生きる」だ。
考えることを辞めてはいけない。
それは僕たちのエネルギーだ。
爆発するのでは無く、抑制した思考もとに繋がっていく。
細胞一つだという思考を持ち、つながっていく。そして有機的に動かそうと試みる。

最後に

どうだったでしょうか?かなり断片的に取り上げたので、脈絡が掴めないと思います。
「生きる」ということと、「現在の社会」の在り方についての示唆に富んでいる1冊です。
私もかなり脳内揺さぶりをかけられました。未だに整理しきれていません…。
「生きる」をもう一度、根っこから考えることができる良書です。

ではまた。

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)
講談社 2012-05-18
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