大量消費社会の渦の中から

全ての始まりは大量生産、大量消費社会への「怒り」とも言える感情から
でした。

日々、何気なくやり過ごしている「普通」の日常。
この無意識の日常の中には既に、大量消費社会が、組み込まれています。

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スーパー、コンビニ、ドラッグストアー、家電量販店
ショッピングモール等、買い物には事欠くことがありません。

街にはモノが溢れ、TVCM、新聞の折り込み広告、ポスティング広告等
消費を促す、誘惑するノイズで溢れています。

この、大量消費システム、一定の成果はあったと思ってます。
これによって多くの人々の生活レベルは著しく底上げされたからです。

お金が無くても安く、良いモノが買えるようになりました。
その恩恵を授かっているのは間違いありません。
ユニクロとかトヨタとかダイソーとかですね。

ただ、そのモノは結局売りっ放しで、
次から次へと新しいモノを作っては売り、作っては売り
を繰り返しています。

まぁ、モノ造りで儲けるにはその方法しかないのですが、
最近はそれが過剰だということです。

どんどん市場には新しいモノが投入されていきます。
消費者はその新しいモノが気になり、購入します。

まだまだ、使える同じようなモノを持っているのに、
次の新しいモノを買ってしまうんです。

消費者心理を逆手に突いた、最近のマーケティングも手伝って
買わなくていいモノを、買ってしまっている、
そんなことないでしょうか?

モデルチェンジとか頻繁にやりすぎなんです。
毎年ニューモデルが出るとか、何か違和感を感じるんです。

車もひどいですよね。
ちょっと内装変えました。外装変えましたって
マイナーチェンジして、ニューモデルとして販売してます。

そんな、一歩通行の消費社会なんて、そう長くは続かないと思うんです。

だって、それは自然ではないですから。
不自然なんです。その仕組み自体が。

人は自然という大きな生態系の中に生きています。
その大きな循環の中で、一端を担っている存在です。

人間の消費社会にもその法則は当てはまります。
循環可能な生産、消費活動でなければ、続かないんです。

どこかで、破綻をきたすのは間違いありません。
同じようなやり方ではいけないんです。

企業は自身が創ったモノに関して、もっと責任を持つべきです。
生産から販売、回収、再利用までを含めた、循環を作らないといけません。
売りっぱなしは無責任と言わざるお得ません。

家電製品やパソコン等は進化が早いので、内部のチップや基盤を
交換でバージョンアップやモデルチェンジできるようになればいいですよね。
ユニットごとに交換するイメージです。
自作PCみたいな感じですね。箱は同じで中身だけ変わるというもの。

必要以上にモノを買う必要はありません。
モノがあっても幸せにはなれません。
それは単なる脳内のドーパミンが放出されて、
買った瞬間気持ち良いだけの話です。

モノが無くても幸せに暮らす道はあります。
ノイズの多いこの社会だからこそ、
もっとシンプルにコンパクトに生きていきませんか?


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