正しい答えが無い時代に生きるということ

最近、よく考えるのがタイトルにした
「正しい答え」についてです。

学校の中では問題に対して、正しい答えというものが
必ず存在してました。

そして、それが当たり前になってしまい、
実社会にも正しい答えを求めようとしてしまっています。
自分がそう思ってしまっているということです。

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無意識にこれは正しい事なのか?
って自問してます。

これって怖いことだと思うんです。

この実社会の多くの問題で、
多分、これが絶対に正しい!なんてないんやろな、
ということです。

正しい答えなんて無い世界で生きていて、
それでも答えを出さないといけないという現実。

その現実に生きているのが私たちなんかなと思うんです。

じゃあ何を信じればいいのか?

多数決?専門家?

私は「自分」なのかなと思います。
自分が「良い」と思うことを自信を持って答えに据える。
それが、多くの人に「いい!」と思ってもらえれば、
それは「共感」になります。

共感が増えれば、それがメインストリームになると思うんです。

だから、とにかく答えに迷ったら自分が「いい!」というものを
提示することが大事なんかなと思う訳です。

別に正しい答えなんて元々ないんやから、
暫定的でも「これだ!」というものを提案すればいいんだと思うんです。

後は、周りの反応次第ということですね。

自分の価値観をどれだけ信じることができるか、
それがポイントということですね。

ほなまた。

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