ブログ、コンテンツはいつかの誰かに向けたギフトだと思う

困ったときに検索して、そこで出てきた記事がほんと参考になって助かった、とかその記事がきっかけで前進することができたという経験ありませんか?

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ぼくはあります。というか日々色々なブログコンテンツにお世話になっています。いつかの誰かのために書いてくれた記事で救われてます。ほんと感謝感激です。

ギフト経済っていうキーワードをふと思い出して、そういえばブログってまさにギフト経済的だなと思ったんです。

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ギフト経済というのは、ざっくり言うと見返りを求めず与え続けることで、回り回ってそれが自分に還ってくる経済のこと。

貨幣経済とは対局にある考え方で、貨幣経済は価値の交換で、それ以上でも以下でもないけど、ギフト経済は与え続けることが基本です。「貨幣経済=奪い合い」から「ギフト経済=与え合い」の世界へということ。

ブログのコンテンツってホントどこかの誰かのいつかのために残すギフトなんですよね。

自分がブログ書く理由ももしかしたらこのギフトを日々受け取っているので、そのお返しというのうが潜在的に動機になっているのかもしれません。

こんな与え合いが当たり前の世界になれば最高ですね。
そのために今できることをやっていこうと思います。

ギフトするポイントは与えても減らないものですよね。
お金とかは与えると減るので与え続けることが出来ないですよね。
スキルや知識、採れ過ぎた野菜とかetc…。
スマイル0円もギフトですね。

話が逸れますが…

よく人に何かしてあげたり、モノをあげたりするとお礼とか言ってお金を渡してくる人がいますよね。

あれ、個人的には好きになれないんですよね。
「貸し」「借り」をお金でプラマイゼロにしようとする行為。
せっかくその「貸し」「借り」で関係ができたのに、お金でリセットしてしまう。
確かに、「借り」がいっぱいあると心苦しくなることもあるのは分かりますが、それをお金でリセットするのはあまりにも短絡的なような気がしているのはぼくだけなんでしょか。

お金じゃなくて何か違うカタチでいつかの未来に「借り」を返してくれればいいのにと。というかそもそもそれを「借り」だと感じなくていいのにとさえ思います。当たり前に受け取ってくれればいいのにと。

貸し、借りという概念自体不要なんじゃないかと思う訳で。

結婚式でもお祝い贈って、その後お祝い返しとかいうカタログギフトよく届くじゃないですか。
あれ、要らないんですよね。ほんと。

貸し借り以前に、そこに気持ちが全くこもっていない無味乾燥したギフトに何の意味があるのかぼくには分かりません。

だったら、そのお金を新婚生活に活かしてくれた方がよっぽど気持ちいいし嬉しい。

でも、日本人はそういう慣習なかなか辞められないんですよ。
ぼくも結婚式をしたときに痛感しました…。

古いgenerationがいるとチャレンジ出来ないorしづらい環境が出来てしまうんですよね。

さいごに

なんだかまとまりの無い感じになってしまいましたが、ブログコンテンツはいつかの誰かの為のギフトだということです。

自分が困ったことをコンテンツにして、次に困る人の参考になってみんながみんな同じ苦労をせずに済めば幸いです。
まさにパーマカルチャー。

ほなまた。

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